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「法律は公式である」?

「法律は公式である」と言う言葉を目にしますが、これは、正しいのでしょうか?


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まず[公式]と言う言葉の定義を見てみましょう。

[公式」とは、

①「公に決められた方式を言う」と、多くの辞典でも、同じ定義がなされています。

次に、数学上、

②「計算の法則を記号であらわしたもの」とあります。そして、また

③「原則的な事にとらわれて、融通が利かない」ともあります。

そこには、[公式主義」(原則的な事にこだわり、現実を無視したやりかた)と言う言葉も併記してあります。

一般に公式と言えば、「法則を提示したもの」と理解するでしょう。

ならば、法則が、毎回変わっては、法則ではなくなります。


最期の③を捕らえてみればわかるように、「理想ばかり唱え、現実を見ていない」と言う事です。

これを、上記の「法律は公式である」に当てはめてみたらどうでしょう。

あまりにも、おかしな文章になります。つまり、「法律は、原則的な事に拘り、現実を無視しているものである」となりませんか。


法律は、「現実にそぐわない事が時と共に起きる。だから、改正が必要だ」となるのが基本。


となると、①の「公に決められた方式を言う」と言うのは、一面あっていますが、「法律は公式であるが、常に、訂正追従を余儀なくされる」とでも、追加文を加えるのが正しいのではないでしょうか…と思えてきます。

しかし、そもそも。法律改正を聞くたびに、法は流動的だと言うのは誰しも感じるところであり、公式(=決まった計算式)とはいいがたいと思えるでしょう。

むしろ、普通に、「人間社会の正義と自由を守るためにきめるルール」位に説明する方が妥当思われます。

法律は、公式ではないのです。(「法律は生きている」とは言えます)

公式であれば、その公式、つまり、その法律に当てはめればすべて正しい答え(=判決)(少なくとも、同じような事件・事象には同じような答え・判決が出せる)になるはずです。

所が、「この法律は、現状に合わないので改正する」とか「悪法である」と言うような事は起こらないはずです。

挙句の果てに、「不当判決だ」「憲法を無視している」というのはないでしょう。

似かよった事件事象はありますが、全ての事件事象は、一つ一つ違います。

むしろ公式であるなら、変えてはいけないし、変える必要もないのです。

アインシュタインが唱えた宇宙理論の様に間違っていたと言うような事も有ります。

しかし、それは、まだ公式化された理論ではありませんでした。



言い直せば、[公式]と言うのは、多くの実験・研究結果から最終的に導きされた永久不変の理論・式です。


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行政書士 井原法務事務所
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