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浦島太郎の話は、実直故に、怖い話です。

日本人なら誰でも知っている浦島太郎のお話ですが、子供達の意地悪から亀を助けた事は、動物愛護からすればさすがに大切な行動話です。そして、その恩返しをしようとする亀の心も大事な心構えです。しかし、浦島は、助けたお礼とはいえ、その行為に何の疑いも持たなかったのでしょうか。何故、その時の流れなど気にもしなかったのでしょうか。そこに彼の誤りがあったのです。自分の置かれた立場がいかに幸せな時であったかは、思っていたでしょう。地上では味わえないほどのおもてなしだったでしょうから。

ただ、その幸せをどれほどに感じ入ったでしょうか?ただ浮かれていただけでしょうか?海のそこでの時間の流れが、地上のそれと同じではないと知らなかったのですから、無理もないかもしれません。そうであるなら、幸せな時は、すでに何年も流れていたとは感じなかったでしょう。感じていたなら、少しでも、その時、我が身の身の振り方や、これで良いのかどうかを振り返っていたでしょう。


しかし、その喜びもつかの間(そう思っていた)別れの時が来て、浦島は、又元の浜に戻ってきて、龍宮の姫に貰った玉手箱を、開けました。すると、急に、お爺さんになってしまいました。付近にいる人は知らない人ばかり。いつの間にか時はすでに随分と過ぎていたからでした。


3ここに、人への忠告があります

人の一生は、あっという間に過ぎていくものだと言っています。そして、もっと大事なのは、今の幸せをどれほどに感受し、どれほどにそれを生かせるのかです。ただ感受するだけでは、結局しあわせのまま歳をとるだけで、やるべきことをやらずじまいで終わりやすいという事です。人生は短いだけでなく、短すぎます。長生きできるよう生きたいものですが、少しでも後悔のない生き方が大切です。その為にも、今日を精いっぱい生きなければならないのです。しかし、それが又、とても難しくもあります。一生懸命生きれば生きるほど、苦難も多いものです。よく「人生は後悔するもの」だと言われますが、せめて、五体満足なら、そのこと自体とても幸せなのですから、人並みの事だけはやっておきたいものです。この世には、自分よりも、不幸な人はどんなにいることでしょうか。今の自分に感謝するという事は決して宗教的な行為からの発想ではありません。当然なすべきものなのです。それを早いうちから、どれほどに享受し、反省し、将来に活かせるかが、将来を変えていく一つの人生の処方箋であることは間違いないのでは。 


4まとめ

いかに自分を常に戒めるかです。とは言え、やはり、後悔は尽きませんが。「これでもか、これでもか」と生きる人を少しでも見習いたいものです。

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